チュンッチュンッ。

柔らかい朝の光と、可愛らしい小鳥の声の聞こえる寝室で目を覚ましたウィルは・・・・寝起きでかたづけるには不機嫌すぎる顔で髪を掻き上げボソッと呟いた。

「・・・・・・・・・・・ろくでもねえ夢だな」















winning kiss
















エリントン家の朝食はちょっとした賭けに利用できる。

今朝はパンがちゃんと焼けているか、目玉焼きは潰れてないか、紅茶は妙に薄くないか等々。

まあ、これまで家事仕事に手を染めたことのなかったハンナが四苦八苦しながら作っている事を知っているから多少の事はしかたないとウィルは諦めている。

もちろん、文句の一つや二つは言うが。

今日もパンと紅茶は無事だったが、ベーコンがこんがりのレベルをちょっと通り越した目玉焼きがテーブルにのっかっていた。

が、いつもであればきっちりそれに文句を言うウィルが今日は黙々と口に運んでいる。

「ウィル、どうしたの?」

テーブルで向かい合って朝食をとっていたハンナが不思議そうに首を捻った。

「なにが。」

「だって・・・・」

言いかけてハンナはちょっと言葉に詰まった。

せっかく言わないでいてくれているのに、目玉焼きのことで文句を言わないなんてというのはちょっと抵抗がある。

それに朝起きてきた時から妙にウィルは不機嫌そうに見えた。

「えーっと、機嫌が悪いの?」

「・・・・別に。」

ぷいっと顔を背けるようにして言われた言葉は完全に内容と正反対を示していた。

「・・・・誰がどう見ても機嫌が悪そうよ?」

「・・・・・・」

「もしかして具合でも悪いの?」

急に心配そうにハンナが眉をひそめたのを見て、ウィルはちょっと顔をしかめた。

「ちっ。たいしたことじゃねえ。ただ・・・・夢見が悪かっただけだ。」

「夢?」

ウィルの口から出た意外な言葉にハンナはきょとんっとした。

その反応に、テーブルの向こうでウィルが「だから言いたくなかったんだ」と書いてあるような顔をしている。

「ウィルが夢で機嫌が悪くなるなんて初めてじゃない?」

「これまで夢なんぞあまり見なかったからな。」

そう言って紅茶を口に運んだウィルはカップの中に落とすようにボソッと付け加える。

「あんな夢なら見たくなかったが。」

「そんなに怖い夢だったの?」

「怖いっつうか、嫌な夢だった。」

「ウィルがそんな風に言うなんてよっぽどの悪夢なのね。」

心底心配そうな顔でそう言うハンナを見て、ウィルの心が少し痛んだ。

確かにウィルにとって昨夜の夢は100%悪夢だ。

けれど、ハンナにとってはきっとすごく良い夢になったに違いない。

なぜなら。

「ああ、最悪だったぜ・・・・能面の夢なんぞ。」

「え!?エミリーの!?」

今度こそ目が零れてしまうんじゃないかと思うほどハンナは目を見開いた。

「言っとくけどなあ、俺は全然見たくなかったんだぞ!」

「そんな。ずるい。私は見たくても見られないのに!」

控えめにけれど不満そうに口を尖らせるハンナにウィルは思い切り顔をしかめた。

「俺は見たくなかった!しかもあの能面、夢まで出てきて何を言うかと思えば延々俺への恨み言だぞ!?」

「ウィルのことだけ?ずるいわ!」

「ずるくねえよ!ってか、そんな夢のどこが羨ましいんだよ!」

思わずウィルは叫んだ。

ハンナがどんなにうらやましがろうとも、あれは120%悪夢だったのだ。

なんせ本当に夜通しエミリーに文句を言われ通しだったような錯覚さえ覚えるほどすさまじかったのだ。

(最初は家事仕事なんかさせるなんて、あたりから始まったんだよな。)

『ハンナ様に家事をさせて、あまつさえ文句まで言うなんて。』

『大体貴方に甲斐性がないんじゃないですか。』

『口が悪いばっかりで少しもハンナ様を喜ばして差し上げれないくせに。』

(・・・・あー、くそ。思い出してきちまったじゃねえか。)

夢の中で思いきりの凍り付いたような微笑さえ浮かべている顔で山のように言われた文句が脳裏に蘇ってウィルは口許を引きつらせた。

(だいたい、最後のほうなんざほとんど八つ当たりだろ、あれ。)

『それは私だっていつまでもハンナ様が小さな女の子のままではなく、いつか誰かと恋をして私のお世話もいらなくなる時がくるかもしれないとは思っていました。
でもそれがよりにもよって貴方みたいな極悪人形だなんて・・・・!
私の・・・・私のお可愛らしいハンナ様が、貴方みたいな・・・・・・・!!!』

(・・・・・・・・・・やめろ、俺。思い出すな。)

あの最後の方の壮絶なエミリーの顔をうっかり思い出しそうになってあわててウィルは少し冷めた紅茶を飲むことで現実に戻ってきた。

「あー・・・・とにかく、楽しい夢じゃなかった。」

それだけは確かだ、と付け加えるとハンナはまだ少し不満そうにしながらも小さくため息をついて頷いた。

「そうね。ウィルとエミリーはケンカばかりしていたものね。」

ケンカというか主にハンナ争奪戦だったのだが、そのあたりは誤解させたままでおきたいウィルはあえて否定せず曖昧に頷いた。

その辺には気がつかないハンナはまだ少し残念そうにしながらも自分も紅茶を一口飲んで、それから口を開いた。

「ね、エミリーは元気そうだった?」

そりゃあもう、丸一晩ウィルにケンカ売り続けられるぐらいは・・・・とはさすがにウィルも言わないでおいた。

かわりに頷くとハンナは微笑んだ。

とても安心したように、それはそれは綺麗に。

その笑顔に一瞬ウィルは息を呑み ―― 同時にイラッとする。

(なんでこう、こいつらは一緒にいるわけでもねえのにべたついてるんだ?)

一緒にいた時と変わらぬハンナとエミリーの絆を見せつけられたようで面白くない。

断じて面白くない。

それを隠すことなくブスッとしたウィルに気がついているのかいないのか、ハンナはやけに弾んだ声で言った。

「それなら、私にはもう見えなくなってしまったけど何処かで見守ってくれているのかもしれないわね。」

「だろうな。」

おざなりに返事をして、不意にウィルはにっと笑った。

「なあ、ハンナ。」

「何?」

「きっとあいつは解放されてもお前の側にいるぜ。どこかで見てるんだ。・・・・だから」

そう言ってウィルは椅子から立ち上がる。

そして不思議そうな顔をしているハンナの方へ身を乗り出して ――

「ウ、ウ、ウ、ウィル!?」

唇を掠めるようなキスをしただけで真っ赤になるハンナにウィルは満足そうに目を細める。

「おはようのキスがまだだっただろ?」

「!?そ、そんなのいつもしてないじゃない!?」

「そうだったか?じゃあ、これからするか。」

「え、ええええ!?」

混乱したように叫んだハンナの頬を自分の物だと主張するように撫でて、ウィルは行った。

「ま、少しは見せつけてやらねえとな。」

―― 一瞬、感じた殺気の籠もった視線にウィルはふんっと笑ったのだった。




















                                               〜 END 〜

















― あとがき ―
エミリー→ハンナ←ウィル前提のエミリーVSウィルがもう無茶苦茶好きです(笑)